東日本大震災から10年目:鳥取県のBCP普及事業はどのように変化したか

来週の3月11日で東日本大震災から10年を迎えます。

そのようなタイミングであることから、最近は様々なメディアで、東日本大震災以降、国内の防災対策の状況や被災地域の復興・まちづくり・生活再建がどのように進んできたのか、今まさにどのようなことが問題になっているのか、と言った情報が報じられています。

このように今年は災害対策等についてこれまでの取り組みを振り返るための節目の時期になっています。

 

弊社は東日本大震災発生以前の平成21年度から、特に中小企業に対するBCP策定支援や普及活動に携わってきました。

ちょうど昨年、現在も継続して行っている鳥取県のBCP普及事業に焦点をあて、それらの取り組みを整理・論文化いたしました。その内容は昨年の春に地域安全学会の研究発表会で発表をさせていただきました。

今回は弊社が継続して携わってきた鳥取県のBCP普及事業の取り組みを振り返る意味で、昨年発表した論文の内容を一部抜粋しながら、鳥取県が県内企業に対してどのようにBCPに関する情報を伝え、BCPの策定支援をしてきたのか、その取り組みの概要をお伝えします。

(本編は地域安全学会ウェブサイト地域安全学会梗概集No46_2020May_Vol01に掲載されています。)

 

目次

鳥取県におけるBCP普及事業の取り組み概要

鳥取県はBCP普及事業開始前に行っていたBCPセミナーの開催のみでは企業のBCP策定が進まないことを課題としていた.そこで,県内企業のBCP策定を実質的に促進するために,BCP普及員を県東中西部に各1名配置し,計画策定支援を行う事業を平成21年度に開始した.

この事業では企業に対してBCPの概要や必要性の理解を図るための「普及活動」,計画策定を希望する企業に対する「策定支援」,BCPの策定企業が増えた後はそれらの企業に対してBCPの改善活動を支援する「改善支援」の3つの活動が行われた.当初はBCP普及員の個別訪問が中心であったが,現在はセミナーやワークショップを中心とした普及方法に変わっている(図1).また,県内の商工団体や金融機関とも連携を行い,各機関主催によるセミナーやBCPの策定研修等も行われた. 

なお,東日本大震災の発生後は,全国初となる県,市町村,医療・福祉、企業を対象としたオール鳥取県でのBCP策定が開始され,全県をあげBCPの策定に積極的に取り組まれた.

筆者は中小企業へのBCP策定支援以外にも,県本庁・総合事務所等のBCP策定と訓練支援を平成23年度から29年度まで,BCP策定が終了した市町村に対するBCP改善セミナーの講師を2度務めた.

鳥取県におけるBCP普及事業のこれまでの取り組み状況(図をクリックすると拡大できます)

 

 

東日本大震災以前(事業開始当初)の状況(平成21~23年度)

(1)BCP普及員の採用・育成

筆者はNPO事業継続推進機構(以下,「BCAO」と記す)による資格制度「事業継続主任管理者」を平成20年度に取得し,BCP策定・運用に必要な知見を有していたところ,鳥取県からの相談を受け,県内に配置するBCP普及員を国の緊急雇用事業により新規雇用することを条件に,当該業務を筆者が所属する企業で受託した.

BCP普及員の採用にあたっては,ISOによるマネジメントシステムの構築・運用や総務、情報システムの経験者から選定し,3名を採用した. BCPの基礎知識や説明方法等に関する社内研修を2週間実施した上で,平成21年4月下旬からBCP普及員は企業訪問を開始した.ただし,当時はBCPはあまり知られておらず,取り組む企業の発掘は非常に難しいであろうというのがBCAOの関係者や県担当者との共通認識であった.

 

(2)個別訪問による新型インフルエンザBCPの策定支援

しかし,平成21年5月に神戸市で国内初の新型インフルエンザ罹患者が確認された後,国内でも感染者が増加したこともあり,新型インフルエンザ用のBCP策定を希望する企業をすぐに発掘することができた.6月には策定支援が始まる等,普及活動は順調な滑り出しを見た.

ただし、これまでのBCPの考え方や先行して公開されていた他県のBCPモデルは,主に停止した事業を再開させることを目的としており,新型インフルエンザでの対応と合わない部分があった.そこで,厚生労働省のガイドラインや平成20年度からBCAOが実施していた新型インフルエンザに対するBCPの研修会で得られた知見等をもとに,新型インフルエンザ対応のBCPに必要となる「業務縮小」や「一時中断」等の要素を加えながら,新型インフルエンザに対応するBCP策定を支援した.

この結果,初年度は10社が計画をとりまとめることができた.一方,着手した企業の中には業務多忙等の理由で計画策定が進まなくなったり,途中で計画策定を断念したりする企業も見られた.

 

 (3)ワークショップ形式によるBCP策定支援の開始

平成22年度は新型インフルエンザ感染の収束に伴い,着手企業が10社と大きく減った.しかし,これまでは新型インフルエンザのみを対象にした部分的な計画策定支援から,事業影響度分析やリスク分析を行う本来的なBCP策定の作業を進めるにあたり,BCP普及員の経験が不足していたことに加えて,BCP策定を完了させる意識が企業側で薄れたこと等が理由となり,いずれの企業も年度内に計画策定を完了できなかった.

このような現状から,これまでのような個別訪問のみでは着手数や完了数が増えにくいと判断し,平成23年度後半には東京都の事業を参考に,ワークショップ形式による策定支援を業種別で開始することとなった.建設,製造,運輸,管工事の4業界団体に県が働きかけをした結果,ワークショップに15社が参加した結果,平成23年度は個別支援をあわせて着手企業は23社となった.

中国地方整備局によるBCP認定制度開始の情報があったことから,建設業では東中西部の県内大手企業が各1社ずつ参加し,精力的に作業が進められた.一方,製造業や運輸業では作業がなかなか進捗せず,管工事業では競合同士で一緒にBCPの策定作業を進めることに反発し途中で策定作業を中断する等,策定作業が進まない企業が多く見られるという課題が残った.

 

 

東日本大震災直後の状況(平成24年度)

(1)計画策定完了率の向上

平成24年3月に東日本大震災発生があったものの,着手数は予想に反して大きく増えなかったことから,ワークショップや個別支援においては丁寧な支援が行えた.その結課,BCP策定を完了する企業が増えた.

また,前年度の反省を踏まえ,平成24年度はワークショップの募集説明会を新たに実施し,計画策定終了を目的とすることや経営層を含む2・3名で参加すること等の参加条件を明確に説明した上で申込みを受けつけた.この結果,前年度のように途中で作業を中断する参加企業が大幅に減り,BCP策定完了が進んだ.

なお,平成23年度末で国の緊急雇用事業が終了した後も県の単独予算で事業は継続され,個社別によるBCP策定支援は引き続き無償で実施された.平成25年度からは支援先企業へ補助金を出す専門家派遣事業(上限30万円補助)に切り替わった結果,個別支援においては計画策定を中断する企業数が減り,完了率が向上した同時に平成24年後半に中国地方整備局による建設BCP認定制度が開始されたことから,国の事業を受注している県内の大手建設会社を中心としてBCP策定が進んだこともあり,着手数と完了数ともに増加した. 

 

(2)鳥取県版BCPモデルの整備

企業の計画策定を容易にするため,7業種を対象とした「業種別BCPモデル」と小規模事業者版のBCPモデルを平成24年度に作成した.

企業BCP基本モデル

先行したBCPモデルには無かった「事業継続戦略」の項目を追加しており,軽微な被害から甚大な被害に対応できるものにした.また,建設業向けモデルは中国地方整備局の建設BCP認定制度に対応させた.

以降の個別支援やBCP策定ワークショップでこのモデルを利用したことで,策定支援が容易となった.

 

熊本地震等発生までの状況(平成25~29年度)

(1)建設業でのBCP策定の加速

平成24年度に建設BCP認定制度が始まったことから,平成25年度からは申請を目的とする建設会社のBCP策定が大きく進み,計39社が完了した.主だった企業がBCP策定を終了し,平成29年度でこの動きは終了した.

(2)セミナーによる計画策着手への誘導

BCPの効果的な普及策を検討するために,鳥取県は筆者を含むBCP策定済み企業経営者や支援団体を委員とするBCP普及戦略会議を平成24年度に設置した.その検討結果を受け,平成25年度には商工団体や事業組合の計17回の総会で県担当者とBCP普及員が延351人に対してBCPの概要と支援制度について知らせた.

平成26年度以降もBCP普及セミナを年7~8回実施し,情報提供に努めた.しかし,参加者アンケートでは必要性を認識したものの,優先度が上がらない等の回答が見られ,計画策定への誘導は非常に限定的であった.

(3)ワークショップ参加企業の完了率の低下

平成29年度には鳥取県商工会連合会青年部の所属企業対象のワークショップが開催されたこともあり,ワークショップの参加企業数が大きく増えた.しかし,徐々に参加条件の説明がされなくなったことやワークショップの時間内は作業説明が中心となり,持ち帰り検討する範囲が増えたこと等が原因となり,この年度では20社が着手したにもかかわらず,完成に至ったのはわずか6社に留まった.議会からは短時間でBCPの策定が終了できるように簡易なBCP策定を要望する意見が出されたこともあり,支援方法の改善が必要となった.

(4)ハイブリッド型BCP策定支援の開始

中小企業がBCP策定に着手できない理由の一つに,BCPが日常の経営に与えるメリットが乏しいというものがあった.そのため,中小企業庁は「儲かるBCP」についての情報提供に努めたが,具体性に乏しかった,筆者は儲かるBCPを具体化させつつ,中小企業が災害を含む経営環境の変化に対応できるよう,経営計画とBCPを簡易に一体的に策定するフレームワークを構築した.

ハイブリッドBCP

平時・非常時両面のためのハイブリッド戦略型BCPの概念図

このハイブリッド型BCPを平成28から30年度に県内の21社がとりまとめた.しかし,内容は簡易なものであったが,検討要素が増えたことから小規模事業者ではまとめきれない例もあったことや会社の経営計画に組み込めた例が少なく,想定した効果が十分得られなかったため,3年でこの取り組みを終了することとした.

(5)熊本地震や鳥取県中部地震の影響

平成28年度は熊本地震と鳥取県中部地震が発生した.鳥取中部地震発生直後に行ったBCPシンポジウムには84名の出席者があり,災害対策への関心の高さが伺えた.

しかし,いずれの地震後もBCP策定の相談はほとんど増えず,同年度内での計画策定着手数は前年度並みにとどまった.翌平成29年度も鳥取県商工会連合会青年部向けのワークショップ参加企業を除くと着手数は同数程度に留まり,2つの震災による影響はわずかであった.

西日本豪雨災害以降の状況(平成30年度以降)

平成30年の西日本豪雨災害や大阪北部地震等,新たな大規模災害が発生したことや 2年目となる鳥取県商工会連合会青年部に所属企業のワークショップ参加もあり,過去最高の30社がBCP策定に着手した.ワークショップにはこれまで参加の無かった不動産や保険代理店,自動車学校等の参加も見られ,製造業や建設業以外でBCP策定が進むことになった.

議会による簡易なBCPの要望に対して,BCPワークショップはA3 2枚程度の簡易型のBCPを入門編として,さらに発展編として従来から利用してきた業種別BCPをとりまとめる2部構成のカリキュラムとした.BCP策定の取り組みに対する心理的ハードルが下がったこともあり,セミナー参加者の3割以上から参加申込みが得られ,作業を円滑に完了させる企業が増える結果となった.

簡易版

簡易版BCPモデルの様式例

新型コロナウイルス感染拡大後の状況(令和2年度)

ここからは発表した論文以降の追記となります。

 

オンライン形式でのセミナー・ワークショップの開始

新型コロナウイルス感染が拡大するに伴い、BCPセミナーやBCP策定ワークショップはこれまでのような集合方式では実施できなくなりました。

しかし、継続的に実施してきた普及事業の手を休めないよう、zoomを使ったオンライン形式でのセミナーやBCP策定ワークショップを行うこととしました。

特にBCP策定のワークショップもオンラインで行う例は非常に珍しかったようで、鳥取県以外からの参加の問合せがある等、注目される取り組みとなりました。

 

新型感染症BCPモデルの作成

あわせて、新型コロナウイルス感染の拡大に伴い、従来のBCPモデルに新型感染症対応モデルを追加しました。

このモデルには既に各組織が実施してきた感染予防対策に加え、新型感染症の感染拡大の各フェーズに応じて、自社の事業の実施方法を整理できるようにしました。

あわせて、モデルの利用方法についての解説書もとりまとめました。

 

まとめ

今回は東日本大震災から10年を迎えることに関連し、これまでの鳥取県におけるBCP普及事業の取り組み経緯を振り返りました。

鳥取県では上で紹介したように、継続的に方法の改善を行いながら、地域の企業の皆さまに対する情報発信やBCP策定の支援が進められ、弊社がそのお手伝いをしてきました。

新年度も新たな取り組みが予定されており、お手伝いをしていく予定になっています。

引き続き弊社も力を入れていきたいと考えています。

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